自信。|たとえばこんな不器用な雲。 忍者ブログ

たとえばこんな不器用な雲。

今、わたしの心模様...素直はなかなかムズカシイ。

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自信。

信、というと、以前はあたし

自分に特別な才能がある、とか、大きな価値がある、とか

自分の発すること、生み出すものなどが素晴らしい、と

自分でそう思えること、周りからもそう思われること、を

夢見てた・・・かな。

そんな自分であることを妄想して

その自分は、きっと

すごく大きな力を持っているんだろう、と

少しも不安なんてないんだろう、と

そんなことも思ってみたのかもしれない。

「自信がない」

と言わない自分、なんて、それ以外に

なかなか想像できなかったのだろうしね。



あたしには自信がない。

子どもの頃からずっと、だなぁ。

「自信がない」

と思い過ぎているところはあるかもしれなくて

それはちょっとだけ自覚してる。

で、もう少しだけ

自信が欲しいなぁ、自信が持てたらなぁ

って思うよ。

数年前までに比べたら、これでも少しは

「自信がない」

と思い過ぎる度合が

マシにはなっているのかもしれないけどね(笑)。



昔に妄想した・・・いわば

スーパースターのような自分なんて無理だけど。

自分のこと、大きくは間違っていない限り

こんな自分でもいいんじゃないか、とか

ある程度は、ある部分では

そのままの自分でいいんだ、あたしはあたしなんだし、と

もっとそう思えたらいいのにね

そう思いたいのにね。

どうしても・・・周りと自分とを比べて

ここが劣っている、自分はダメだ、と

わざわざ自分を痛めつけてしまうみたい

いちいち落ち込んでしまうみたい。

過去の自分との比較、はしなくなったつもりだし

「今の自分のほうが好きだ」

って思っているけれど・・・。

比較なんて、やめりゃいいんだよね。

それでも、比較しちゃうんだよね。

だから、比較してしまう自分も、劣等感を覚える自分も

それから、優越感で心を満たそうとする良くない自分も

せめて、そのまま見つめてみたい、とは思うけれど。



自分のいいところを知りたい、のと

自分でも、それが自分のいいところだ、と

そう思えるといいかなぁ。

ときどき、あたしのいいところを

伝えてきてくれる人、教えてくれる人がいて

そのときは

「そうなんだ」

って思うし

すごく嬉しいし

本当にありがとう、って思う。

けれど、あたしのやっかいなとこは

それを常に言われ続けていないと不安になってしまうこと、

言われないときは

「やっぱりあたしってダメなんだ」

と思ってしまうこと。

で・・・本当は

自分のいいところ、とか、悪いところ、とかいうことと

こんな自分でもいい、そのままの自分でいい、と思うこととを

分けて考えるといいのかな・・・そんな気も。

そして、キミからは

自信がある、も、ない、も、ないところ・・・

自信の有無にとらわれないところ、それを考えなくていい自分、がいいよね

みたいな話も聞かせてもらっていたんだったね。

自信の有無が関係しないのって、あたしにとっては

どんな風でも、ほんのちょっとしたことでも

“評価”という部分がついてこないとき、その意味で

自分以外の人の存在を考えないとき、考えなくていいとき、かなぁ。

とても楽だよね。

でも、それが

人の中にあってもそうである、のようなことは、今のあたしには

まだ、かなり遠く離れたところにあって、難しく感じてしまって

どうしても、自信がある、とか、ない、とかになっちゃう。

だから・・・

もうちょっとだけ自信が欲しい、って

やっぱり、そう思うところにいくなぁ。



自信がある、も、ない、も、ないときの

その時間を、その感覚を、大事に育てていくことができたら

あたしにも、もうちょっと何か・・・見えてくる・・・かな?


グリムスキーワード:京都議定書
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