偏り。|たとえばこんな不器用な雲。 忍者ブログ

たとえばこんな不器用な雲。

今、わたしの心模様...素直はなかなかムズカシイ。

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偏り。

通」や「常識」のような基準があって

その基準でひとくくりに考えることは

とてもつまらない

とても悲しい。

「普通」や「常識」に当てはまらず、そこからはじかれると

なかなか理解されなくて

誰からも理解されないと感じることもあって

その苦しさ、苦しみは、きっと

周りが想像するよりも

ずっとずっと大きいんじゃないかなぁ、って思う。



「普通」や「常識」と言われていることだって

実は、だいぶ偏っているもんね。

それでも、そこに当てはまらないと

「変な人」

「よく分からない人」

になっちゃう。

共に生きていく中で

共に生きていくため

最低限の基準やルールを用意したら

それ以外は、もっと

柔軟なのがいいよね。



ただ・・・。

だからと言って

「普通」や「常識」のようなことをすっかり無視してしまったり

そこと闘っちゃうんだとしたら

それもまた

自分を理解してくれない人たち

と、変わらないのかもしれなくて

同じなのかもしれなくて。

「普通」や「常識」とされていることや、それから

そこに当てはまらないものに対する

相手の戸惑いの気持ち

それはそれで理解したほうがいいように思うし、

そこを無視されてはつらい

考え方や捉え方の差があることより

その差を埋められないことが苦しい

そう言っているだけであって

あなたのことを理解したいんだ、大事にしたいんだ

だから、もっと

あなたのこと、教えてほしい

もう少しだけ、心を開いてほしい

こちらにも協力してほしい、って

心からそう思ってくれている人だって

たまにかもしれないけれど、中には

いるかもしれないなぁ、って。

決して

「普通」や「常識」でないことを

ねじ伏せようとしての言葉じゃない

そんなときだってあるかもしれないなぁ、って。



もし

孤立してしまっている自分

を感じることがあるとしても、それは

自分こそが周りをつっぱねたのかもしれない

頑な過ぎたのかもしれない。

そういうことだって

あると思うんだよ。



「普通」や「常識」であることにこだわり過ぎることも

そこに反発しつづけることも

どちらも“偏り”。

その“偏り”を頑なまでに守ろうとしてしまっている自分のことって

案外、少しも気付けなかったり

運良く教えてくれる人がいても、それでも

自分ではよく分からなくて、そのままにしてしまったり。

そうして、お互いに

「分かってもらえない」

が膨らんで

相手と分かり合うことを

相手との関係を

諦めてしまうのかな、と思う。



これから先の、そういったとき

あたしは

ちゃんと

自分で自分に聞くことできるかなぁ?

「このままでいいの?」

「本当にこれでいいの?」

って。




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